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心を開こう,世界へ開こう(2012天皇賞・秋)

日本に未曾有の大災害が起こってわずか15日後,大きな喪章をつけた騎手を乗せた馬が日本競馬の歴史を変えた。ヴィクトワールピサによるドバイワールドカップ勝利は、競馬関係者の大きな夢の結実であったことだけではなかった。

大震災の動揺が収まらないでいた日本に、優勝ジョッキーのミルコ・デムーロは力強いパフォーマンスと温かいメッセージで勇気をくれた.2着馬トランセンドに騎乗していた藤田伸二騎手自らが,その場にいた世界トップレベルの騎手たちのメッセージを集め,デムーロの代わりにしっかりと日本に持ち帰った.

天皇皇后両陛下をお迎えした天皇賞のスタンドを埋め尽くしたファンは,何らかの形であの日の影響を受けた人がほとんどだっただろう.いや,日本人なら誰だってあの日のことは記憶から消せない出来事のはずだ.

農耕民族であり,一時期は武士が国を支配していた日本には,昔から伝わる馬にちなんだ行事がたくさん残っている.もっとも傷の深かった地域の代表として,福島県相馬地方の「相馬野馬追」と岩手県滝沢地方の「チャグチャグ馬コ」がやってきた.

天皇賞の本馬場入場が済んだ後,両陛下がスタンド8Fバルコニーにお出ましになった.国家演奏のため起立を促すアナウンスがあった.私は立ったまま気持ちよく君が代を口ずさんだ.胸の中で日の丸が揺れていた.避難所などではジャンパー姿の天皇陛下,髪をひっつめに結われていた皇后陛下とはまるで別人の,TPOのお手本のようなお二人がそこにいらっしゃった.皇后様が斜めにかぶった大きなグレーのお帽子,素敵だった.

やがてさきほどの2団体が本馬場を行進して陛下の見守るバルコニーの前に到着し,深々と頭を下げた.野馬追で言えば行列が本陣雲雀が原に到着し,総大将にその旨を報告する場面である.手を振る陛下に続いて彼らに対して盛大な拍手が起こった.多くの人が競馬新聞を握った腕を下ろさなかった.

負けるな,自分たちもここにいる.ここにいて,頑張っている.これからもいろんなことがあるだろう.だけど,やってやろうじゃないか.自分たちになら,それができるじゃないか.

彼らが退場すると競馬場はいつもの雰囲気に戻った.健全な競馬ファンたちが割れんばかりの拍手を送る中,レースはスタートした.

前半1000mを57.6で逃げると宣言した馬が57.3で逃げたが,あとがついてこない.勝負はひろくて長い直線に持ち越された.差し脚自慢の馬たちの中でももっとも切れるエイシンフラッシュがただ一頭ウチをすくった.何と言われようと日本ダービーを勝っている馬だ.負けない展開になったのだから,負けないのだ.

鞍上のデムーロ騎手はムチをくるりを回してガッツポーツをした.そしてどこまでも走っていってしまうのではないかと思うくらい,人馬は遠くへ走っていく.敗れた馬たちがポツポツと,内馬場側から地下馬道へ帰っていく中,唯一彼らは芝コースを引き上げてくる.繰り返されるガッツポーズ,そして両手で作るハートマーク.

そしてしばらく天を仰ぐ彼.この日がどんなに特別だか,ちゃんと彼も知っていた.外国人ジョッキーの中で一番日本語がうまいという彼だが,外国語というものは,上っ面だけでは上達しない.

やがてロイヤルボックスの前,彼はヘルメットを脱いで馬を下りた.右手に手綱,左腕でヘルメットを抱え,膝をついて両陛下への礼.それはきっと,大好きな日本と,日本に来るたび彼を温かく迎える競馬ファンと、災害と戦い続ける人々への敬意への礼.彼はきっと府中の芝コースへ、汗と涙と愛と敬意,たくさんのものを残してきたことだろう.

ありがとうデムーロ.ありがとうエイシンフラッシュ.私はあなたたちから決して諦めない心の強さと,感謝の気持ちを持ち続けることを学んだ.それがひいては本当に優しい心を持つことにつながるんだ.これからも私は素晴らしい競馬に酔いしれながら,そこで出会ってきた素敵なもの・素敵な方々たちとのつながりを大切にして行こう.

(府中の競馬博物館では「日本近代競馬史展」と題して,これまでもそしてこれからもつながり続ける競馬の流れを紹介しています.数々の貴重な展示品があるほか,ある程度詳しい人にも大満足の展示が目白押しです.時間があれば是非ご覧ください)

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テーマ : レース回顧
ジャンル : ギャンブル

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